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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(し)87号 決定

主文

原決定を取り消す。

検察官の即時抗告を棄却する。

理由

申立代理人廣瀬達男の抗告趣意は、違憲(憲法三一条、三二条違反)をいう点を含め、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由にあたらない。

しかしながら、職権をもって調査すると、原決定は、以下に述べる理由により、取り消しを免れない。

一件記録によれば、申立人は、昭和五三年一月一一日に福岡地方裁判所久留米支部において、強姦致傷罪により懲役三年四年間刑執行猶予、付保護観察の判決言渡を受け、右裁判は上訴がなく、同月二六日に確定し、右の前科は同年二月上旬ころ、熊本地方検察庁の申立人の犯歴票に登載されたこと(犯歴票登載の日時は、当裁判所の事実の取調の結果により明らかとなったものである。)、その後申立人は、同年五月二七日に道路交通法違反(無免許運転)を犯し、同年七月二五日に熊本地方裁判所玉名支部において、懲役三月二年間刑執行猶予の判決言渡を受け、右裁判も上訴がなく、同年八月九日に確定したこと、このような保護観察付執行猶予中の再犯者に対し、再度の執行猶予を言渡し、しかも、それが上訴によって是正されることなく確定するに至ったのは、前記道路交通法違反事件の捜査を担当した荒尾区検察庁検察官が、特に同法違反罪の前科のみを記載した前科調書を熊本地方検察庁犯歴係事務官に請求し、その送付を受けていたところ、右事件が熊本地方裁判所玉名支部に公訴提起されたのちにおいて、熊本地方検察庁玉名支部検察官が、申立人の前科内容を立証する趣旨で、右前科調書をそのまま公判に提出し、ここに、前記強姦致傷罪等の記載を欠いた前科調書があたかも申立人のすべての前科を記載したものであるかのような取違えが生じたことによること、右道路交通法違反罪に対する裁判が確定したのちに、前記強姦致傷罪の前科の存在に気付いた検察官から、刑法二六条の二第三号、二六条の三の規定による右二個の刑の執行猶予言渡取消請求がなされ、熊本地方裁判所玉名支部は、その裁量権に基づき、諸般の情状に照らし刑の執行猶予言渡はこれを取り消さないのが相当であるとして、検察官の請求を棄却したこと、これに対し検察官が即時抗告し、福岡高等裁判所は、その裁量権に基づき、刑の執行猶予言渡はこれを取り消すのが相当であるとして、右玉名支部の決定を取り消し、検察官の請求を認容したこと、以上の事実が認められる。

ところで、刑法二六条の二第三号にいう、「執行ヲ猶予セラレタルコト発覚シタルトキ」とは、検察官において、新たに執行猶予を言渡した裁判に対し上訴してこれを是正するみちがとざされたのちに、同条同号所定の執行猶予の前科の存在を覚知したことをいい、検察官がその事実をすでに覚知しながら、上訴申立をすることなく、執行猶予の言渡を確定させたときは、検察官はその取消請求権を失うものと解するのが相当である(刑法二六条三号についての当裁判所昭和三一年(し)第三二号同三三年二月一〇日大法廷決定・刑集一二巻二号一三五頁、同昭和四〇年(し)第七四号同四一年一月二八日第三小法廷決定・刑集二〇巻一号一頁参照。)。

これを本件についてみると、前記認定のとおり、申立人の前記強姦致傷罪の前科は、すでに、前記道路交通法違反事件の公判審理の段階では熊本地方検察庁の犯歴票に登載されていたところであって、同庁玉名支部検察官としては、刑法犯を含む全前科について前科照会をするなどの方法により、容易に右強姦致傷罪の前科の存在を知ることができたのであるから、かかる場合は、検察官が右前科の存在する事実を現実に知っていた場合と同様に、上訴によって新たな執行猶予を阻止することができたものと解すべきであり、検察官はその取消請求権を失うものといわなければならない。

そうすると、検察官の請求を許容して、申立人に対する執行猶予の言渡を取り消した原決定には、刑法二六条の二第三号の解釈を誤り、ひいては同法二六条の三の適用を誤った違法があり、この法令の違反が決定に影響を及ぼすことが明らかであるから、これを取り消さなければ著しく正義に反するものと認められるので、ここにこれを取り消し、原原決定は理由を異にするが、結論において正当であるから、これを維持し、検察官の即時抗告は理由がないので、これを棄却することとする。

よって、刑訴法四一一条、四三四条、四二六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉田 豊 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林 讓 裁判官 栗本一夫)

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